上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
★ 「ずばり解決3つの処方」、解決するでしょうか(^_^;)。まあ、世にあふれる「あなたを幸せにする12の処方」なんたらいう本よりはるかに目から鱗がボロ落ちしたのは間違いありません。3つのうち、どれを選ぶかはもちろん自由ですが、どれもきついです。だがこれも人間の運命とあれば受け入れるしかない。抽象的で浮世離れしているような”哲学”が実際、生きる強い指針になることを実感しました。かってフランクルの「夜と霧」と共に大きな影響を受けた著作について書きます。 

★ 意味なき世界に人間は死に物狂いで意味を求める

 499PX1今はほとんどかえりみられませんが、アルベール・カミュ(ウィキペディアへ・1913~1960)というフランスの作家がいます。「異邦人」などの小説で一時は世界的に流行し、戦後最年少でノーベル文学賞をもらっています。評論集に「シーシュポスの神話」というのがあります。ご存じの方は多いと思いますがシーシュポスはギリシャ神話のアンチ・ヒーローです。神の怒りを買い、大岩を山の頂上に運び上げる”仕事”を永遠に課されています。頂上に運び上げた大岩は直ちに転げ落ち、シーシュポスは再び運び上げねばなりません。それが未来永劫続くのです。それほどの罰を受けるシーシュポスが何をしたというのか。火を人間に与えたプロメテウスも永劫の罰を、神ほどのマゾはおらんです。
 180px-Sisyphus_by_von_Stuckカミュは人間は不条理を生きるシーシュポスだとしています。意味のない岩の運び上げを永遠に課されたシーシュポスの罰が人間の罰だと言います。わたしは本当に強い影響を受けました。キリスト教や仏教などに救いを求めたこともある人並みの迷える青春でした。
 当時実存主義が流行していました。カミュやサルトルは大きな影響を与えます。世界に調和を求め意味を求めてきた西洋哲学、宗教の根本的な転換でした。調和なく、意味なき世界に、死に物狂いで意味を求める矛盾―この矛盾が不条理―に引き裂かれた人間の哲学です。自由=孤独=決断の思想でした。
 カミュはシーシュポスを人間の英雄としています。無意味な神の罰にたじろぐことなく、毎日毎日転げ落ちる大岩を頂上に運びます。”これでよし!”、泣き言も言わず運命を受け入れ、雄々しく顔を神に向けび運び上げます。抽象的な議論でなく、報われない労働に追いまくられ疲れ切った多くの人、理不尽な病気に長く苦しむ人などなど、不条理はこの世に満ちています。
 色んなものをかじってこの世界に本質的な意味のないことは信念となっています。人間は無意味な世界に無意味に投げ出されているのです。しかも有限の命と共に。しかしそれでも無意味な世界を無意味な行動で雄々しく人間は生きるべきである、それが本当の人間の自由であるとの思想は今も変わりません。意味を見いだすのはおのれしかいません。おのれがおのれだけの意味を作り出すのです。人が、神がどう思おうと知ったことではありません。シーシュポスは何のために岩を押し上げるかは考えず、きっと押し上げること自体に意味を見いだしたのでしょう。
 Kierkegaardカミュも実存主義哲学の先駆と言われるキルケゴール(ウィキペディアへ・1813~1855)も期せずして同じことを言っています。無意味な生から逃れる方法は3つある一つは自殺、一つは信仰、そして今一つ、無意味を敢然と受け入れる。自殺は不条理に同意すること、負けることと二人とも否定しています。カミュは「生に追い抜かれてしまったと、あるいは生が理解できないと告白する事」だと述べています。キルケゴールは第二の道を選びました。「不合理故にわれ信ず」という言葉があるように、おのれのすべてを投げ出し神に救いを求めました。信仰は論理からの跳躍、キルケゴールは自ら決断し神に賭けたのです。400年近く前すでにパスカルは「理性によって神は認識できなくても、神が実在することに賭けても何も失うことはなく、むしろ生きる意味が増す」と述べています(「パスカルの賭け」)。
 自殺願望につかれていたカミュは第三の道を選びます。フランスの植民地アルジェに生まれ、父は幼いころ戦死、母は聴覚障害者であり、極貧の生活、自身も若い頃大病で生死をさまようという文字通り不条理に生きました。しかし彼は多くの作品を書き、ナチスに対するレジスタンスに身を投じ、精一杯おのれの生きる意味を探りました。わずか46歳で交通事故死という最後も不条理きわまるものでした。
 みなきつい道ですが第三の道もこたえます。英雄的なシーシュポスの労苦に比べたら子供だましでしょうが、わたしも運命を受け入れせめて小石なりと運び上げねばと思っています。水と食料はたくさん持って(^_^;)

★ ごまかさず矛盾を見つめ そしてなお生きよ!

 神の存在は証明不可能であることは200年以上も前にカントが精密に論証しています。逆に神のいないことも証明不可能です。
いつか書きましたように(「悪魔の証明」)ないものをないと証明することは論理的に不可能です。結局人間にとりどうでもエエのです。ただ先に書きましたように自ら選び取る信仰は人間の自由な決断です。
 宇宙の整然とした美しい動きはわたしも信じられぬ驚異です。しかしそれも数百億年の宇宙の動きが自ずから定まったものであると思えば、「神の一押し」を考えることは何も必要ありません。宇宙に引力があれば星が球体になり、星の軌道が定まることも当然です。命の発生は実験室でさえ再現可能です。また、
これも前に書きましたように(「CP対称性の破れ」)、逆に宇宙はきわどい差で存在していなかった可能性も大きいのです。宇宙そのものが無意味に投げ出されているのです。また万一、神が宇宙を動かしているとしても、個々のはかない、ひ弱な、哀れな人間にとり何も意味のないことです。
 この世に意味を与えるのはやはり、神、絶対の存在者でしょう。それがないとすれば、いやあっても人間にとり無意味だとすれば、あとはおのずと孤独に一人、「必死に生きるか 必死に死ぬか」しか残されていません。見返せ!不条理を!
 カミュは人間の矛盾―不条理をごまかすのではなくそれを見つめ、なおかつ生きろ!と人間を鼓舞します。暗闇から発するすばらしいヒューマニズムだと思っています。
 わたしが前回の「レナードの朝」で嫌いなのは医師が一人の人間に新たな”生”を与えたことです。いわば神となったのです。しかも明らかな失敗作でした。神がそうであるように医師は責任もとっていません。無意味に投げ出された人間一般と違いレナードは明らかに意味を持つように生み出されたのです。無意味に投げ出されたら、仕方なく大半の人間は死ぬまで生きるしかありません。勝手に意味を持たせた人間の意思で投げ出され、責任もとられることなく、たった一夏で闇に戻っていったレナードはやはり悲惨です。今、原作を取り寄せていますが実際はポーラという女性は原作にもなく映画の中だけに存在するそうです。そうだろうと思います。あんな物好きな女性が現実にざらにいるはずありません。しかし映画としてはポーラの存在に大きな意味があります。映画のレナードはポーラにつかの間の生きる意味を見いだしました。芸術作品は現実を超越する、そこはよくわかりすばらしい作品だと思っています。
 ただ、現実に存在したレナードは訳のわからぬうちに目が覚め、浦島太郎のように老いを嘆き、また訳のわからないうちに闇に沈んだのです。ほかの19名の患者と同じように意味を見いだすヒマもなく。ただ母だけに痛切な悲しみを残して。

 カミュの言葉です。まさに侮蔑によって乗り越えられぬ運命はない、絶望より怒りを!

「いつ終わるとも知れない責苦を嘆く日もあるだろうが、突然射してきた月の光や、足元に咲いた花に微笑む事もあるかもしれない。与えられた罰を嘆くのではなく、そのすべてを、岩さえも自分の所有物としてしまう。今、ここに在ることをそのままの状況で受け容れた時、かれは自分の運命にたち勝っている。かれはかれを苦しめるあの岩より強いのだ

「この神話が悲劇的であるのは、主人公が意識に目覚めているからだ。きっとやりとげられるという希望が岩を押し上げるその一歩ごとにかれをささえているとすれば、かれの苦痛などどこにもないということになるだろう。こんにちの労働者は、生活の毎日毎日を、同じ仕事に従事している。その運命はシーシュポスに劣らず無意味だ。しかし、かれが悲劇的であるのは、かれが意識的になる稀な瞬間だけだ。ところが、神々のプロレタリアートであるシーシュポスは、無力でしかも反抗するシーシュポスは、自分の悲劇的な在り方をすみずみまで知っている。まさにこの悲惨な在り方を、かれは下山のあいだ中考えているのだ。かれを苦しめたにちがいない明徹な視力が、同時に、かれの勝利を完璧なものたらしめる。侮蔑によって乗り超えられぬ運命はないのである

人にはそれぞれの宿命があるにしても、人間を超えた宿命などありはしない。ただ一つ、人間はいつかは必ず死ぬという不可避なもの、しかも軽蔑すべき宿命をのぞいて」

「死への絶望なしに生への愛はありえない」

「幸福とは、それ自体が永い忍耐である」

「意志もまた、一つの孤独である」

「重要なのは病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ」

「ぼくはシーシュポスを山の麓に残そう!…このとき以後、もはや支配者をもたぬこの宇宙は、かれには不毛だともくだらぬとも思えない。この石の上の結晶のひとつひとつが、夜にみたされたこの山の鉱物質の輝きのひとつひとつが、それだけでひとつの世界をかたちづくる。頂上を目がけるその闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのに十分たりうるのだ。いまや、シーシュポスは幸福なのだと思わねばならぬ

シーシュポスの神話 (新潮文庫)
シーシュポスの神話 (新潮文庫)

おすすめ度:4.0

クチコミを見る
スポンサーサイト
2010.05.11 / Top↑
280px-Dostoevsky_1872★ 「カラ兄」なる言葉を最近知りました。「カラマーゾフの兄弟」の略です。「カラキョー」と読むそうです。ドストエフスキー(1821~1881)の「ドスト」もあまり聞いたことはありませんでした。漫画になっていましたし、あの宝塚さえ上演しています。新訳は読んでないですが、最近亀山氏により新訳され文庫本5冊の長編にもかかわらず累計100万部という古典としては奇跡的な売り上げを示しマスコミでも注目され、さっそく、若者得意の短縮形がはやったのでしょう。読みやすいと評判です。何となくカラオケのイメージなのも頷けます。「ドス」ト「カラアニィ」とくればやくざ映画(^_^;)。いずれにしろ難解、長い、萎えるの3N、ドストの最高傑作と言われるものが広まるのはいいことだと思います。苦虫をかみつぶしたようなドストさんには申し訳ないですが、今回は「カラ兄」を不徹底に笑ってみたいと思います。

★ 長編一気読み 読者のしおり 

 大昔、なぜか金文字入りの「世界文学全集」のたぐいがはやりました。ようやく庶民もささやかな家を持てるようになった頃です。決まって洋間があり、そこにデーンと「世界文学全集」が飾ってありました。大きな本棚を置けばますます狭くなる安っぽい洋間です。うちでも母がミエを張って月賦で買いそろえました。でも今はほんとに感謝しています。ミエでも何でも世界の古典にふれることができました。「カラ兄」も当然あります。本はほとんどその後売ったりしているのですが、「カラ兄」といくつか残っていました。当時はしおりがついていて登場人物や関係図、親切にあらすじまで紹介してあります。ズバリ核心、読む前にこんなもん読んで大丈夫かいなと今は思いますが、そこはおおらか、とにかくそろえることに意味があったのです(^_^;)。このしおりよくできています。長大な作品読むよりはるかにいいかも。

「カラマゾフの兄弟」
   世界文学全集19 北垣信行訳の「しおり」より全文

 十九世紀の半ば過ぎ、ロシヤの田舎町に住む強欲で無信心で淫蕩な地主フョードル・カラマーゾフの家に父親にほうり出されてよそで育った三人の息子が帰郷する。先妻の子のドミートリイと、後妻の子のイワンアレクセイである。なおそこには町の白痴の娘に生ました隠し子のスメルジャコーフが料理番として住みこんでいる。
 ドミートリイは自分の遺産を横領した父と、町の商人の妾グルーシェンカのことで張りあい、いいなずけカテリーナから送金を頼まれていた三千ルーブリを二度にわたってモークロエ村でグルーシェンカと遊んで使いはたし、彼女の愛情をかち得る。2度めの豪遊の直前、グルーシェンカを捜しに行ったドミートリイは父の家で下男グリゴーリイを誤ってなぐり倒して気絶させてしまう。かねて主人に深い恨みを抱いていたスメルジャコーフはイワンの「すべては許される」という虚無主義的な考えに惑わされて、その晩癲癇の発作を利用して主人を殺し、金を奪って、その罪を巧みにドミートリイに転嫁する。ドミートリイは恋が成就した瞬間に嫌疑を受けて逮捕され、裁判に付される。イワンはスメルジャコーフに教唆したという罪の意識から発狂する。発狂寸前に法廷に立った彼はスメルジャコーフにその前日自白させて取り戻した金を証拠に提出して兄を救おうと自分の教唆の罪を自白するが、被告に恨みを晴らしたいカテリーナの反証が物をいい、名弁護士の奮闘も空しく被告はシベリヤ流刑を言いわたされる。

 驚きましたが「あさのぶんがく」という動画まであります(^_^;)。一応ストーリーは完結。2分もかからずたいしたものです。 


★ 2000年苦しんできた民衆 いつの日に… 

 まあ、ドストさんの例にもれず奇人変人オンパレードです。それぞれが演説のような長口上、つくづくロシア人はしっこいと思います。しかも名前がワカランスキー、最初は作品世界に入り込むのに苦労します。オヤジが強欲、好色、ふしだら、長男ドミートリイと女の取り合い、なんちゅうオヤジか。おまけにこれは現在差別語ですが「白痴」の女に産ませた子まで同居させこき使う。産ませた動機が「あの女とやることができるか」とおちょくられ「おー、やれるとも」と言って産ませたもの、無茶苦茶です。
 長男ドミートリイは軍人上がり、情熱家で単純、享楽家だが人はそう悪くない。次男イワン、理科系大学出身の秀才、無神論者でそれを突き詰め虚無的なところがあるが、けして冷酷非情ではない。3男、アレクセイ(アリョーシャ)、一応物語の主人公、清純無垢、修道院で修行し、兄弟にも深い愛を持つ。兄弟でこんなにも違うかと思いますが、ドストがそれぞれに典型的な意味を持たせたモデルと考えられます。
 当初は新聞連載されました。ロシア人はこんな小説を毎朝読んでいたのかと思うと、驚きます。ただあらすじにもあるように、ストーリーとしては父殺しのミステリーとも読めるし、込み入ってよく相手を変えるのですが、リーザやカテリーナなどの女性が兄弟に絡む恋愛物とも読めます。グルーシェンカをめぐる父子の痴話げんかもおもしろい。ただテーマはよく言われるように神、人間の罪、宗教、無神論、革命などの壮大なものです。そんな議論の一つのセリフだけで何ページにもなるような感じ、こんな議論を嫌う日本人は圧倒されます。この議論を省き、ストーリーだけに絞ったら数分の一に短縮されるでしょう。
 ドスト、生涯最後の力作、おもしろい筋立ての中に最も書きたかったのは神の意味だと思います。だがこれがまた日本人の大半はどうでもいいことでしょう。長々と神について語りますが理解するしないでなく、大方の日本人にとって真に迫るところは少ないと思います。しかし当時のロシアでは切実な問題でした。神を語ることは即政治を語ることであり、封建的農奴制が最も大きな問題となっていたロシアでは趣味ではなく生き方を左右することでした。わたしは3兄弟の中ではイワンが最も好きです。当時の農奴解放を目指した革命家たちを代弁しているのでしょう。一方アレクセイはそんな兄イワンを愛しながら懸命に神の愛をイワンに説きます。長大な物語、とてもこんな記事で全貌を書くのは無理ですが、物語のハイライトとも言えるイワンがアレクセイに議論をふっかけた場面を一部記載します。
 イワンは現実に起きた幼児虐待事件を取り上げます。トルコ兵が幼児を放り上げ銃剣で突き刺した話、お漏らしをした5歳の女の子を死ぬほど痛めつけた両親の話、ロシアの領主が飼い犬を誤って傷つけた子を猟犬でズタズタに食い殺させた話、これらをアレクセイに話し、幼児は全くの無原罪である、生まれたことが罪であるというなら何をか言わんや。このような残虐を子供は来るべき最後の審判の日まで耐え続けねばならないのか、来るべき神の「栄光」の日までこのような罪悪は許され続けるのか、そんな最後の審判、栄光の日などクソクラエ、現に泣き苦しむ子供を救わずして何が神の愛か。また狂い泣きして死んだ子供の涙は誰があがなうのか。人間の罪をあがない死んだキリストか、子供はそれを信じていたのか。
 また有名な劇中劇とも言うべき「大審問官」もとても興味を惹きます。アレクセイが作ったものです。中世のセルビアに何を思ったかキリストが姿を現します。住民は奇蹟を願い現に奇跡を行います。それを見た大審問官、キリストを捕らえ、キリストと対話します。
「おまえが死んで1500年、今頃出てこられたらはなはだ迷惑。おまえは今まで何をしていたのか。『人はパンのみにて生きるにあらず』と言ったおまえは結局民衆にパンさえ与えなかった。代わりに民衆に、天上のパン、自由を与えたと言うのならひどい欺瞞だ。民衆は自由を恐れる、自由に耐え得ない。民衆はうやまう者を永遠に求める。地上のパンを与える者が民衆の神だ。パンはわたしたちの教団が長い間苦労して秩序を作り上げ、民衆に現に与えている。おまえの名をもって、しかも苦悩と共に。これ以上私たちのじゃまをしないでくれ」
 そう言われたキリストは無言で大審問官に接吻するだけです。話を聞き終わったアレクセイは興奮して反論しますが最後、彼もイワンに接吻します。
 お===お~~~、絶世の美女のめくるめく接吻ならこの世を捨ててもいいかもしれない。汚ねえオヤジや弟にされたところで(^_^;)
  
★ ドストの真意 真の勝利者
  
(写真は有名な当時の農奴のものです)nodo 

 ドストは若い頃革命サークルに入り、危うく処刑される直前で助かります。この体験はその後の彼に決定的な影響を与えます。転向したドストのホンネは大審問官にあると思います。また大審問官は大地主として支配階級化していたロシア正教教団、王の上に君臨したローマ法王の皮肉でもあるでしょう。教団や法王は生のキリストを最も恐れていたと思います。遠藤周作の「沈黙」を日本の教団が恐れたように。子供の話はまさにその通り、初期に「貧しき人の群れ」など佳作を書いたドストのヒューマニズムです。
 大審問官の論理は現実を突きそして寂しいです。確かにキリストは当時1500年、今では2000年、いや「人類」の誕生からだと数万年、ついに民衆にパンを与えきることはできなかった。今でも毎日数万の子供が飢えで死んでいきます。それは来るべき神の栄光の試練、そのような世迷い言は絶対に受け入れることはできません。イワンが言うようにそのような栄光、試練なぞクソクラエ。「神の王国」は今度は当たる宝くじ、スカの山ばかりで気がつきゃ破産と同じです。ただ民衆は地上のパンを与えておればいい羊の群れ、それは事実かも知れませんがいかにも寂しく傲慢です。ドストはそのように民衆に絶望していたような気もします。逆説の逆説です。のちにパンだけは与えたソビエト社会主義共和国が無惨に崩壊したことを見れば、やはり人はパンのみにて生きるのではないことも確か、大審問官の論理も破綻したのです(いや、ソ連の崩壊はパンにつけるジャムが貧しかった。単にパンの問題だったという気もしますが)。大審問官の言い方はスターリンによく似ています。その意味ではドストはものすごい予言者です。
 こんな荒っぽい感想より、「大審問官」の項だけでもお読みになることをお勧めします。ここにあります。
 「カラ兄」はけしてイワンの勝利では終わりません。フョードルを殺したのはフョードルが「白痴」の子に産ませたと噂されるスメルジャコーフでした。しかも罪を長男ドミートリイになすりつける工作までする悪辣さです。スメルジャコーフはイワンの思想に感化されていたのです。「神がなければすべてが許される。父を殺したのはそう言ったおまえだ」、生まれたこと自体を憎むスメルジャコーフはイワンに言い放ちます。イワンは苦しみ狂います。スメルジャコーフはドミートリィに判決の出る前の日、首をくくります。しかしドミートリィの有罪は覆らずシベリアに流刑されます。結局最後に残ったのは神の僕、アレクセイでした。
 これがドストの結論なのでしょうか。これは、善のためには悪を殺してもいいと金貸しの老婆を殺した「罪と罰」ラスコーリニコフが、敬虔な娼婦ソーニアによって回心したのに似ています。ドストは幼い子供を亡くしています。その名がアレクセイでした。子供への鎮魂が同じ名をつけさせたととれます。また死により実現しませんでしたが、ドストはカラ兄の第二部構想がありました。(あれより長く、あきれますが(^_^;))。それではアレクセイに皇帝暗殺をさせる構想であったと言います。神の僕、アレクセイはテロリストになるのです。現に皇帝アレクサンドル2世はドストの死の直後、暗殺されました。
 新訳の亀山氏も述べているそうですが、アレクセイの勝利はドストの偽装ではないかという気がします。何より彼は転向者でした。転向後も警察の監視はやみませんでした。勝利したイワンを描けば即発禁になったと思います。また賭博好きで何度も破産したドスト、現実にカネを必要としていたのも間違いありません。多くは新聞小説なのです。まず売れることを考えるのは無理もないと思います。最後に狂ったイワンは結局冷たい論理に生きていける男ではありませんでした。柔らかい心を無理に武装させていたのです。ドストはイワンに最も共感していたような気がしてなりません。勝利したように見えるアレクセイも結局イワンの道を進みます。
 アレクセイの勝利は偽装、イワンの論理も破綻となれば真の勝利者は長男ドミートリイなのでしょうか。彼は当時のロシアでは最も多い民衆の典型でしょう。今の日本でもそうだと思います。なんら形而上のことに苦しまず、できるだけ現世を享楽し死ぬまで生きる、わたしであり多数のあなたなのだと思います。そうなるとあの長ったらしい物語を苦労して読んだのは何だったのか、当たり前のことを知るだけ。神は生かさず殺さず、世渡りの秘訣を確かめただけ(^_^;)。
 かの村上春樹氏も最も影響を受けた本にあげ、何と「人はカラ兄を読んだことのある者、ない者と二分できる」とまで言っています。まあ、その言い方なら、「人はなまこを食べれる者、食べれない者に二分できる」、何とでも言えますけれど。どうもホンネは春樹さんを読んだ者、読んでない者に二分できると言っているような。ファンの方には失礼ですけれど(^_^;)。
 
 
長い記事におつきあい、本当にありがとうございました。

 
カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

2010.05.03 / Top↑
★ ヴェルサイユの薔薇シリーズは一時、中断します。 
 コルベ神父コルチャック先生、どちらも有名です。コルベ神父、アウシュビッツ収容所で一人の若者の身代わりとなり餓死室で殺されました。コルチャック先生、自らは助かったのに見守ってきた子供たちを見捨てることはできず、収容所で共に死んでいきました。このような人を思うと本当に言葉をなくします。すべての小賢しい評論は沈黙し、ただただ頭を深く垂れるのみです。「悪魔」さえかわいく思えるような狂気の時代、このような人が現にいた、それだけでやはり人間は崇高な存在にもなりうるのだと思いを新たにします。
 略歴は主にウィキペディアをまとめたものです。

Maksymilian_kolbe★ 「わたしを代わりに」 コルベ神父

 コルベ神父は日本に6年も滞在したことがあるのですね。長崎で熱心な布教活動をしています。貧しい食事と質素な衣服、熱烈な使命感に燃えていました。同時に来日したのがゼノ神父、彼は長崎では有名です。最後まで日本にとどまり、長崎では被爆しています。戦後も全国を回り、戦災孤児などの支援活動に挺身し、「ゼノさん」と誰からも慕われました。
 コルベ神父は1894年、ポーランドに生まれます。学生時代に聖母の騎士会を創設するなど、生涯敬虔なカトリック信徒でした。文も弁も立ち言論による布教活動に力を入れていたのですが、折からドイツのポーランド侵攻が始まります。ナチスはユダヤ人だけでなく、ポーランド人やロシア人なども多数収容所で殺害しています。ナチスに批判的な言動をとった神父はアウシュビッツ収容所に収容されます。1941年のことでした。
 収容されて2ヶ月後脱走者が発生しました。脱走者が出ればその班から10名を無作為に選び殺害するとの理不尽きわまる規則がありました。選ばれた一人の若い軍曹が「わたしには妻も子もある」と泣き崩れます。それを見た神父は「わたしは神父であり妻や子はない」と身代わりを申し出ます。餓死刑という最も悲惨な刑です。餓死室に入れられた神父は周りのものを励ましいつも祈っていました。通常ならば狂おしい断末魔に包まれる餓死室もまるで聖堂のような敬虔な祈りに満たされていたそうです。2週間たっても奇跡的に生き残っていた神父は注射によって殺害されました。1941年、47歳でした。輝くような安らかな顔だったそうです。

180px-Janusz_Korczak★ 「わたしも共に」 コルチャック先生

 コルチャック先生もポーランド人です。1878年に生まれます。医師であり作家でもある有能な人でした。コルチャックはペンネームです。子供を愛した先生はユダヤ人孤児院の院長を引き受けます。先生もユダヤ系でした。以後子供の教育に生涯を捧げると共に、優れた児童教育書をいくつも書いています。やがてドイツのポーランド侵攻が始まります。ユダヤ人孤児院も目をつけられ子供たちと共にゲットーに強制移住させられます。ゲットーでも先生は優れた著述を書いています。
 ついに先生たちはトレブリンカ絶滅収容所に収容されることになります。有名人だった先生は周囲が懸命に助命活動を行い、移送直前に先生だけ助けることをナチスも認めたのですが、先生は「子供たちだけを死なすわけにはいかない」と助命を拒否し200名の子供たちと収容所に移送され、まもなくガス室で殺害されました。1942年、64歳でした。
 のちの1989年、国連で採択された「児童の権利条約」はもともと先生が提唱した「子供の権利」に基づきポーランド政府が提案したものです。

★ これほど高貴たり得る人間がなぜ? 

 書きながら改めて本当に崇高な愛の人だと思います。抽象的な「人間」を愛することは比較的簡単でしょうが、目の前の一人の人間さえ真に愛しぬくことは困難なのだと、わたしの経験から思っています(^_^;)。
 コルベ神父は真の信仰者、もちろんあの行為も信仰が基礎であることは間違いないでしょう。「友のため命を捨てるほど尊い行いはない」との聖書の言葉をそのまま実践しました。いや、友ですらなかったのですけれど、もちろん神父にはそんなことはどうでもよかったのでしょう。不信仰者のわたしも強く心を打たれます。そして祈り。わたしは祈りなど何になるか、いや祈りなど自己の放棄だと思うのがホンネですけれど、餓死室が祈りに満たされ聖堂のようになっていたとの事実は心を揺さぶります。部屋の者たちはどれほど神父の祈りに救われ、共に祈ったか、容易に想像がつきます。わたしもその場にいれば共に祈るのでは、残念ながらそう思います。最後におのれのすべてを捨て去り、神、絶対的なものに魂をゆだねる、宗教の原点に戻る餓死室だったのでしょう。わたしには捨てきれない煩悩が一杯のようです。
 コルチャック先生は進歩的な人でした。信仰もあったと思うのですがあまり表に出ません。実践、理論、そして何よりも愛、本当にすばらしい人だと思います。当時、子供に大人と同じ人権を認めるという発想はありませんでした。先生が称えた「子供の死についての権利」、「子供の今日という日についての権利」、「子供のあるがままである権利」は本当に画期的なことであり、それから50年近くたって国連で高らかに宣言されました。
 800px-Yad_Vashem_BW_2[1] 先生は自らが称えてきた理論がここで逃げては崩壊すると思ったでしょうし、何より目の前の子供たちに最後まで寄り添いたい、その気持ちで一杯だったのでしょう。子供たちはどれほど喜び、 安らかな気持ちになったか、きっとこの世は地獄ではないと思い死んでいけたと思います。のちに作られた先生と子供たちの銅像、打ちひしがれた子供たちを包み込む先生の腕、感動的な群像です先生はきっと最後の瞬間までこうして子供を抱いていたのでしょう。(クリックで拡大)
 コルベ神父は1971年、「聖人」に列せられています。その式に出席した命を助けられた軍曹は家族を抱いて号泣したそうです。そののちも死ぬ間際まで神父のことを世界中で講演したそうです。
 優れた人の意思は死後もいつまでも人を打ち続けることを痛感します。死して命を伝えるまさに「一粒の麦」です。「唯物」信仰のわたしも人の精神の高貴さはけして疑っていません。 
2010.04.30 / Top↑

200px-Emilybronte_retouche 富 いかほどのものであろう
 
 富 いかほどのものであろう
 愛 あざ笑うしかない
 名声 朝露のようにとける夢
 祈り わたしの口にのぼる祈りはただひとつ
 「わが心をあるがままに
  ただ自由を」

 もはや終わらんとするわが命 
 願うことはただひとつ
 「生にあろうと 死にあろうと
  とらわれなき魂 忍耐する勇気」  

 まあ、すごい詩だと思います。口先だけの言葉の遊びでなく、わずか30歳の短い命でしたが、詩のようにただ魂を自由に飛躍させ幻想の文学を残し死んでいった女性がいます。世界の3大悲劇、世界10大小説の一つと言われる「嵐が丘」の作者、エミリー・ブロンテ(ウィキペディアへリンク・1818~1848)、彼女、晩年の詩です。
 イギリス北部のヨークシャーを舞台にした2家の物語「嵐が丘」、ヒースに吹きすさぶ嵐、暗い情念と狂おしい幻想に生きたヒースクリフとキャサリンはまさにエミリー・ブロンテそのもののような気がします。たった一作で世界文学に妖しい花を残し、ほとんど家を離れることなく孤独にひたりつむいだ、嵐が丘は強靱な想像力の産物です。
 
★ 2代にわたる凄まじい復讐劇 

 物語はアーンショー家の女中、ネリーを語り手に進む。
 アーンショー家の旧主はジプシーの孤児を拾ってくる。色の黒い気むずかしい子でヒースクリフトと名付けられた。アーンショー家の活発な娘、キャサリンは野性的なヒースクリフに惹かれ、二人は子供の頃から仲良しだった。キャサリンの兄、ヒンドリーはヒースクリフを嫌い、ことごとくつらく当たる。やがてキャサリンの母が死に父親も亡くなり、ヒンドリーが当主となる。ヒンドリーはますますヒースクリフを憎む。キャサリンは逆にますますヒースクリフに惹かれていく。ヒンドリーが結婚した。しかし妻は子供へアトンを産むと死んでしまう。ヒンドリーは荒れてヒースクリフを虐待する。
img3eb8ad8azikczj キャサリンがリントン家エドガーに求婚された。キャサリンは「ヒースクリフはわたしだ!」と言うほど彼とは運命的に結ばれていたのだが、ヒースクリフトと結婚すれば生活も立っていかない、むしろエドガーと結ばれヒースクリフを守りたいと、エドガーと婚約する。
これを知ったヒースクリフは嵐の夜、出奔し行方をくらます。狂ったようにキャサリンはヒースクリフを探し、ついに熱病に倒れる。
 3年後、回復したキャサリンはエドガーと結婚する。そこに成功者となったヒースクリフが帰ってくる。彼の凄まじい復讐の始まりだった。
 まず幼い頃からいじめてきたヒンドリーをばくちに誘い、破産させ、アーンショー家を乗っ取った。次にキャサリンと結婚したエドガーの妹イザベラを誘惑し家から連れ出す。虐待されたイザベラは逃げ出すが子供を産む、ヒースクリフの子、リントンである。
 一方キャサリンは密かにヒースクリフトと密会を重ねていたが、夫との板挟みもあり少しづつ狂っていく。女の子、キャサリン(同名)を産みついに亡くなる。狂ったように嘆くヒースクリフはキャサリンの墓さえあばく。

 ヒースクリフの復讐は終わらなかった。ヒンドリーの息子へアトンを酷使し、虐待する。やがてヒースクリフが誘惑したイザベラが亡くなる。子供リントンは、ヒースクリフが引き取るが、今度はキャサリンの遺児キャサリンとの結婚を画策する。エドガーのリントン家も乗っ取るためである。
 気落ちしていたエドガーが亡くなり、財産は本来甥のリントンに行くはずであるが、病弱なためリントンも亡くなる。ついに両家をヒースクリフは乗っ取った。
 すべての復讐を終えたヒースクリフであるが、彼も狂っていく。キャサリンの亡霊を見るようになり、キャサリンの墓を彷徨し彼もついに死んでしまう。
 
★ 死と隣り合わせの愛 強靱な想像力 

 
wutheringheights1992長編で入り組んだストーリーを無理にあらすじにしました。これではおもしろくも何ともないでしょうが、新訳もいくつか出ていて読みやすくなっていますので未読で興味のある方はいつか。映画化も何度もされましたのでご存じの方は多いと思います。
 ヒースクリフ、何という極悪非道と思われる方も多いでしょう。周囲のすべてを破壊しつくし、最後狂っていきます。当時女性の評価は低く、エミリーは男名で発表しましたが、背徳的だと攻撃され散々でした。宗教的感情も強い当時、よく発表したとわたしも思います。牧師の娘でもありエミリーは物静かな女性でしたが冒頭の詩のように荒ぶる魂を秘めていました。「愛 あざ笑うしかない」と書くように生涯独身で恋をしたという記録もありません。その彼女が凄まじい愛憎劇、魂は不羈奔放にヨークシャーの空を駆けめぐっていたのでしょう。
 ヒースクリフとキャサリン、これは果たして「愛」なのでしょうか。現代の定番「愛」、もちろん男女愛に限らず色んな形がありますが、男女愛も千差万別。嵐が丘の「愛」は激しく奪う、いや奪うと言うより相手との一体化です。「ヒースクリフトわたしは同じ魂」、こう叫ぶキャサリンはエミリーそのものだったと思います。まあー、何つう世間知らずの男知らず、笑うことはたやすいです。現代のように計算機片手の愛、距離感をビクビクはかるような愛、体の切れ目が愛の切れ目の愛、見栄のための愛、小賢しい観念の愛、小洒落たトレンディーな愛、そんなものは一切ありません。古典を読んだらいかに現代の恋物語が小賢しいかと思います。ただわたしも間違えてもこうはしません、破滅します、もちろんその機会もありませんが(^_^;)。孤独なエミリー自身がそんな「愛」を思い描いていたとしたら、痛ましくなります。セックスシーンなど一度も出てきませんが、一体を求める二つの魂、それはゾクゾクくるほどです。
 男女の愛を突き詰めたらこうなる、亡霊となっても求める魂、ヒースクリフの復讐もそれを突き詰めています。善悪でなくただ魂の奔流です。お茶漬けさらさらの大和民族はやはり、ここまでくるととても太刀打ちできない気がします。
 そして死が頻繁に訪れることにも驚きます。実際、彼女の兄姉は早世し、最も長生きした姉シャーロッテ(「ジェーン・エア」の作者)も38歳で亡くなっています。死と愛は隣り合わせの時代でした。いや愛に限らず生きることすべてに死が寄り添っていた時代なのでしょう。いやでも緊迫した一切飾りのないこのような死と愛の文学が生まれると思います。結局時代を映す文学が最も普遍的な文学なのだろうと思います。
 詩のように彼女も早世を覚悟していました。最後まで医師を拒否したそうです。まさに「生にあろうと 死にあろうと とらわれなき魂 忍耐する勇気」でした。ほかにも「わたしの魂は怯懦ではない」の詩もあります。痛々しいほど強いです。短い生涯を孤独に耐え、強靱に、奔放に飛翔した彼女の魂にスコッチで乾杯。
 冒頭の詩の原詩です。驚くことにNHKで放送されたヘッジファンド物語「ハゲタカ」の主題歌でRiches I hold in light esteem.が歌われました。ちょっと主旨が違うようでもありますが(^_^;)。冒頭の訳詞は辞書に首っ引きでKOZOUが訳しました(^_^;)

Riches I hold in light esteem.
And Love I laugh to scorn;
And lust of Fame was but a dream That vanished with the morn -
And if I pray, the only prayer
That moves my lips for me
Is - 'Leave the heart that now I bear, And give me liberty.'
Yes, as my swift days near their goal, 'Tis all that I implore -
Through life and death, a chainless soul, With courage to endure!

★ 嵐が丘  河島弘美 訳 (岩波文庫)

2010.04.28 / Top↑
          ★ お断りとお知らせ ★

 前に記事で
献血のお願いをしたことがあります。ネットニュースで報じられ、ネット界では大騒ぎになりましたのでご存じの方もいらっしゃると思いますが、当該女性の話は嘘と言うことでした。わたしもブログのお客さんの記事を見て転載したのですが、それから転載していただいた方、女性のブログで励まされた方もいらっしゃいます。わたしも驚きました。見舞いや寄付が目的であったとすれば悪質です。今はブログも閉鎖状態で彼女の真意はわかりませんが、単に騒がれたかった、かまってもらいたかったとすれば少し哀れになります。とにかくネット界もどのような人もいるのですね。また勉強しました。

 
204px-Maughamサマセット・モームです。彼の英文はよく受験にも出ました。しかし、彼の世界観はとても「明るい」教育に向くものではありません。モームは幼くして父母を亡くしています。フランスで生まれ父母の国イギリスに帰りますが、吃音だったこともあり、いじめられ惨めな少年時代を過ごします。このような体験はやはり生涯を決めるものだと思います。自伝的小説「人間の絆」、画家ゴーギャンをモデルにした「月と6ペンス」など皮肉で辛らつ、「明るくない」世界観に満ちています。今日は短編小説として評価の高い「雨」です。お読みになった方は多いと思いますが、例により完全ネタバレです。一応オチのある短編では厳禁なのでしょうが、いつも書きますように小説はあらすじではないと思っています。ですが気になる方はスルーしてください。

★ 「善」は敗北したのか 

 舞台は南洋のサモア諸島である。熱烈な信仰者デイヴィドソン牧師は妻と共に任地へ向かう途中、伝染病検疫のため島に停留することになる。医者のマクフェイル夫妻、そして見るからに自堕落な娼婦、ミス・トムソンも一緒だった。島は折から雨期、太鼓でも鳴らすように激しく屋根にたたきつけ、滝のように視界を奪うスコールが連日続いていた。デイヴィドソンはトムソンが我慢ならなかった。彼女は夜にもお構いなく音楽をがんがん鳴らしここでも客を取る始末。デイヴィドソン夫妻には敵意に満ちたまなざしを投げかける。デイヴィドソンは彼女を「教化」しようと熱意を燃やす。あの手この手も通じずデイヴィドソンはついに彼女を強制送還させる措置をとる。
 ふてぶてしいトムソンもこれはショックだった。送還されたら監獄が待っているだろう。手のひらを返したようにデイヴィドソンにすり寄ってくる。これ幸いにデイヴィドソンも懸命に彼女の「教化」につとめる。そして明日は送還されるという夜、デイヴィドソンは彼女の部屋で夜遅くまで彼女と話し合う。そして…。彼女の部屋を出たデイヴィドソン牧師は夜のうちに浜辺でのどを切り自殺する。衝撃のドクター・マクフェイルがトムソンの部屋に入る。変わらず音楽を鳴らしている彼女にマクフェイルは激怒する。マクフェイルに、あざけりと激しい憎悪を込め彼女は言った。
男、男がなんだ!豚だ!汚らわしい豚!みんな同じ穴の狢、男はみんな、豚!豚!」。
 マクフェイルは思った。「いっさいがはっきりした」

★ 「善」は弱さを見つめそれから始まるのでは 

 ごく短いものです。物語も複雑ではなく、結末もある程度予想する人もいるでしょう「いっさいがはっきりした」の言葉で終わるのですが、けして牧師と彼女の間に何があったか、書いているわけではありません。しかし、牧師の自殺、彼女の呪いの言葉で容易に推察はつきます。牧師は致命的な間違いを犯したのです。からみつくようなねっとりした湿気、おかしくなるような熱帯の雨が終始、背景になっています。
 これは「善」の敗北なのでしょうか。デイヴィドソン牧師は熱烈な信仰者で自他に厳しい善の実践を迫ります、モームが牧師という設定にしたので彼の思想がよくわかります。欧米のキリスト教の伝統は、信ずるにせよ反発するにせよ、日本人には想像もつかないくらい根深いものがあると思います。「雨」は明らかに信仰、もっと言えば神の嘲笑のような気もします。わたしはここではそこには深入りしません。わたしは全くの無神論ですが、キリストは偉大な人間であったと思うし、コルベ神父のように文字通り神の愛を実践した信仰者ももちろんいます。ここではデイヴィドソン牧師が追求した「善」について書いています。
photo summer_23 不良カトリックであった遠藤周作は「善魔」について書いています。絶対の善を振りかざし自他を裁くときそれは「善魔」であり、悪魔より極悪であるということです。「正義」が権力を持ったときどんな残虐が行われたか、西洋の魔女裁判、宗教戦争、異民族侵略、いくらでも例があります。南米を侵略したとき、スペイン人は原住民は本気で人間とは思っていませんでした。それに疑問を持った当時としては信じられないほど進歩的だった神父が「インディオも人間だ」という本を書いたくらいです。
 信仰による絶対の善を信じたデイヴィドソンが、最後トムソンの誘惑に負けたのか間違いを犯します。それをトムソンと一緒にあざ笑うことはたやすいです。デイヴィドソンは人間の弱さを認めなかったのでしょう。それは人の弱さももちろんおのれの弱さも。弱いからこそ熱烈に絶対の善にすがった。そして最後に破局を迎えます。しかし、トムソンにそれを笑うことができるでしょうか。下半身は上半身は見えないけれど上半身はおのれの醜い下半身がよく見えます。ちなみにこれが腹に隠れて見えなくなればちと危ないです(^_^;)。上半身はこの凶暴な下半身と共にどう生きるか、人間そのものが引き裂かれた矛盾に生きています。下半身しか見なかったトムソンが人間は下半身のみで生きていると思うのは明らかに間違いです。豚としか人間を見られなかったのも哀れですけれど。逆に下半身を見ようとしなかったデイヴィドソンも致命的な間違いを犯していました。抑圧され無視された下半身は最後、強烈な復讐をとげます。
 デイヴィドソンは自分で自分を裁きました。それまでの全存在が崩れたときごまかさず自裁したのです。デイヴィドソンがトムソンを「善導」しようと思ったのは本気であり、最後までトムソンに同伴し、共に苦しみぬいて救う覚悟であったのならそれはそれで尊いと思います。「善」は強さではない、おのれと人の弱さをよく見抜き、そしてなおどう生きるか、それを突き詰めたときようやく少し見えてくるような気がします。
 わたしは心が弱いのか、卑しいのか、露骨な真実より優しい嘘が何か懐かしくなってきているようです(^_^;)。絶対の「善」はないのでしょうけれど、人をつなぐふやけた「善」もやはり必要な気もします。社会生活などホンネ、ホンネで生きまくったら一日もやっていけないのも明らかです。冒頭の女性もだますなら最後までだます覚悟がでやらんとあきまへんで。

最後、モームの大好きな言葉です。
「神が人間を創ったと認めてもよい。それならなおのこと、なぜ神の前にひざまずかなければならない。人間創造などくだらぬことをやらかした神の前に」

★ 雨・赤毛 (新潮文庫―モーム短篇集) 中野好夫 訳
  
クチコミを見る

★ コルベ神父―わたしももちろん、モームのような文筆の徒にはおそらく逆立ちしてもまねできない、尊敬するコルベ神父です。ウィキペディアに飛びます。
2010.04.16 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。