上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑

        [E:two][E:zero][E:one][E:zero]  謹賀新年

★ 明けましておめでとうございます。昨年は大変ありがとうございました。今年もどうかよろしくお願いします。Gum09_ph05088

 

 演奏は和太鼓集団四神の伊藤弘典氏

 

※ you tubeはこちらです。下の真ん中のボタンでフル画面になります。

http://www.youtube.com/watch?v=bxaxhGQcmVg

スポンサーサイト
2009.12.31 / Top↑

Images_2 ★ 好きな曲です。アメリカのサミュエル・バーバー1937年に作曲したものです。生きとし生けるものすべてを包みこむような美しく慰めに満ちた曲でご存じの方も多いと思います。J・F・ケネディ大統領の葬儀で流され有名になりました。そして1986年公開の映画「プラトーン」で効果的に使われとても印象深いものとなっています。ベトナム戦争を極めてリアルに描き戦争の虚しさと狂気、悲しみを訴えた名作でした。映画の記事もと思ったのですが、曲を打ちけすことになるようでやめました。
 しばしご鑑賞くだされば幸いです。

※ 画像もいいです。下にCMが出ますので「X」で消してください。

 

※ リンクです。クリックされたらyou tubeに飛びます。右下の真ん中をクリックされると大画面になります。

 「弦楽のためのアダージョ」 サミュエル・バーバー

 

2009.12.21 / Top↑

 「絶望より怒りを!!」

 映画「ターミネーター3」でシュワルツネッガーがはいた言葉です。シュワちゃんも映画も好きではないのですが、テレビで見たこの言葉は印象に残っています。ちょっと絶望しそうにないシュワちゃんですが[E:happy01]
 Pic21_3  ブログを立ち上げちょうど半年、この間勝手なことを書き散らしている記事を読んでくださり、コメントいただいた方には本当に感謝しております。わずかの間で交流も少数の方ですが、事情によりもう3ヶ月以上休止されている方、職を探していらっしゃる方、ずっと服薬療養されている方、入院された方等々、様々なご事情で苦労されている方がいらっしゃいます。わたし自身もこの数年、あることが重なり相当落ち込みました。ブログが救いになった面は大きいです。この機会に皆さまに心から感謝申し上げます。
 「絶望より怒りを!!」。改めてこの言葉はしびれます。この世にか、おのれの運命にか、怒りを!! 善が勝つ世では必ずしもありません。むしろ現代はへたな善は敗北と相場は決まっています。人の優しさが見下され、高い能力が利用だけされ捨てられるような現代です。いつの世もその時代に合わせ器用に立ち回り、「勝者」となる者はいます。一方、懸命に生き、努力したにもかかわらず「敗者」となる方はこれもいつの世も多いです(わたしもでしょうが)。絶望し、心ふさいだ時、「怒り」を。生き抜くエネルギーを。怒りは捨てろなど、傲慢な「勝者」のたわごとです(もちろん、特定の個人へ怒りをなどと言っているわけではありません)。「復讐するは我にあり」とのたもうた神がただ一人のワルにもそれを行ったことはありません。怒りの持続はとてもエネルギーのいるものです。けれど衰退し、ただエネルギーの消耗を待つよりはよほどいいと思います。
 人は「不平等に生まれ」いずれ「平等に死」のです。豪勢なピラミッドを作らせ黄金の棺に収まったエジプトのファラオも死の実態は一片の有機物金のマスクなど死んだ王に何になりましょう。永遠の無から生まれ永遠の無に帰るわれら、つかの間のこの世を精一杯死ぬまで生きるしかないのですから、生き抜きたいと思っています。そして最後に十返舎一九のように花火どっかーんで「灰さようなら」と言えたら最高です。

 前回中島みゆきさんの歌を掲載して、多くの方がそれぞれの好きな歌を持ってあることを知りました。改めて相当聞いてみましたが本当に心に沁みます。彼女の歌は基本的に人間へのエールなのだと思いました。若い彼女がこれだけの詩を作ったことに驚きます。ある時は人を慰め、ある時は励まし、この世は生きていけると思わせる力があると思います。わたしを含めすべての人にファイト!。年のせいかむやみに涙が流れるのが困りますが[E:happy01]

※ 軽くするためにyou tubeへのリンクにしています。お好きな歌をクリックしてください。歌詞もさわり部分を掲載しています。

♪ 中島みゆき 「ファイト!」

…暗い水の流れに打たれながら 魚たちのぼってゆく
光ってるのは傷ついてはがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて魚たちのぼってゆく

…ファイト! 闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ

   「ファイト!」

※ 東京へ出る夢を絶たれた少女。「やっぱり燃やせんかったこの切符 あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京ゆき」。こんな青春はきっと多いと思います。

♪ 中島みゆき 「歌  姫」

…握りこぶしの中にあるように見せた夢を
遠ざかる誰のためにふりかざせばいい

…握りこぶしの中にあるように見せた夢を
もう二年 もう十年 忘れすてるまで
歌姫 スカートの裾を
歌姫 潮風になげて
夢も 哀しみも 欲望も 歌い流してくれ

※ 「握りこぶしの中にあるように見せた夢をもう二年 もう十年 忘れすてるまで…」。切ないですー[E:catface]

   「歌  姫」 

♪ 中島みゆき 「うらみ・ます」

…ふられたての女くらいおとしやすいものはないんだってね
ドアに爪で書いてゆくわ やさしくされて唯うれしかったと
うらみますうらみます
あんたのこと死ぬまで
うらみますうらみます
あんたのこと死ぬまで

※ 「死ぬまでうらみます」と言いながら、ドアに爪で「やさしくされて唯うれしかった」[E:weep]。彼女も泣きながら歌っています。どんな体験が…

   「うらみ・ます」

♪ 中島みゆき 「この空を飛べたら」

…この空を飛べたら 冷たいあの人も
やさしくなるような気がして
この空を飛べたら 消えた何もかもが
帰ってくるようで 走るよ

…ああ 人は むかし むかし
鳥だったのかもしれないね
こんなにも こんなにも 空が恋しい

※ 「ああ 人は むかし むかし…」への転調がとてもいいです。イカロス、風船おじさんの気持ちがわかるような気がします。 

   「この空を飛べたら」

2009.09.15 / Top↑

★ 今回も”なつメロ”です(^_^;)。あるサイトさんで中島みゆきを聞きとても聞きたくなりました。彼女が「アザミ嬢のララバイ」でデビューしたのは若干23才、初めて聞いたとき、ほんとに驚きました。この年で男心をここまで詩にして歌えるとは。デビューの時は女高生のようにみずみずしかった彼女ももう50代後半、時代は確実に回ります。だが彼女、今が最も美しく歌唱力も最高と思います。

♪ オリコンで4年代にわたりシングルチャート第一位 略歴

 1952年(昭和27年)北海道札幌市に生まれます。父は産婦人科医でした。高校生の頃から才能を発揮し、地元で活躍していました。藤女子大学文学部卒業後、1975年(昭和50年)、「アザミ嬢のララバイ」でキャニオンレコードからデビュー、同年10月には「時代」で世界歌謡祭グランプリを受賞します。翌1976年、「わかれうた」で大ブレーク。
 1980年代は「オールナイトニッポン」で軽妙な語りが大きな人気を呼び、「悪女」などのヒット曲もだしますが、自ら「御乱心の時代」とよぶ低迷期を迎えます。1980年代終わりには舞台、「夜会」の成功で活動を再開します。1990年代はテレビドラマ「家なき子」の主題歌「空と君のあいだに」が147万枚の売り上げを示します。
 200年代は、彼女をおじさんたちのアイドルに押し上げた(押し下げた(^_^;))「地上の星/ヘッドライト・テールライト」が大ヒットします。NHKTV「プロジェクトX~挑戦者たち」の主題歌として歌われたものです。オリコンのシングルチャートTOP100に連続174週に渡ってランクインするという驚異的な記録を打ち立てました。また彼女は4つの年代に渡ってシングルチャート1位を獲得した唯一のソロ・アーティストです。(1970年代:わかれうた、1980年代:悪女、1990年代:空と君のあいだに旅人のうた、2000年代:地上の星

♪ 人は誰もがテールライト 

 時代の音楽が最もその時代を思い出させます。今回彼女の曲を改めて聞いてみて本当に懐かしかったです。
「プロジェクトX~挑戦者たち」もちょっと前までは「ダサイ」番組とされていました。歯を食いしばって耐え、何事かを成し遂げることがそんなにダサイことなのでしょうか。そんなことを言える時代はとやかく言っても恵まれています。その後「100年に1度」の経済危機が訪れそんなのんびりしたことは言えなくなりました。誰もが歯を食いしばり「ダサク」生きていくしかなくなったのです。中島みゆきはそんな男と女の心情を心憎いほど知り尽くしエールを送ります。ヘッドライトになれる人はごく少数です。人は誰もがテールライト、それでも闇夜にかすかな光をともし、おのれの生きた道筋を示し、これからの行く道を教えるのだと思います。

♪ 「ヘッドライト・テールライト」 
 現在は高度成長期の遺産を食っているだけです。これだけの遺産を残してくれた名もない人たち一人一人に深く敬意を表します。これからわれらが遺産を残す時代なのだと思います。そんな大上段の話だけでなく、片隅に生きる人間のささやかな旅路を示す、本当にいい歌だと思います。

※ 軽くするためリンクにしています。クリックしてください。

http://www.youtube.com/watch?v=mZCbegorwZs&feature=player_embedded

♪ 「時 代」 
 わずか23才でこれだけの詩と歌を作った彼女。やはり天才です。

http://www.youtube.com/watch?v=2M4YrSgS_38&feature=player_embedded

♪ 「わかれうた」 
 彼女のすさまじい執念の顔(^_^;)。今はこんな別れもはやらないのでしょうが。”道にたおれて誰かの名を呼びつづけことがありますか  ひとごとに言うほどたそがれはやさしい人好しじゃありません”。こんな詩を24才で、驚きます。今の彼女、若い頃よりずっと魅力的です。

http://www.youtube.com/watch?v=HOhinSFUbJo&feature=player_embedded

2009.09.03 / Top↑

♪ 山崎ハコ、大分県日田市出身、日田は久住連峰を仰ぐ水のきれいな町です。彼女の歌の原点はこの田舎町、都会に出てもなじめず孤独な心をしみじみと歌います。150センチあるかないかの小柄な体から発する豊かで美しい声と優しい詩は、不思議な力で人を魅了してきました。Gum08_ph02067_2

♪ 波乱の人生

 昭和32年(1957年)日田市で生まれます。中学卒業後、横浜へ、 横浜高等学園在学中の昭和50年(1975年)、コンテスト出場をきっかけにアルバム「飛・び・ま・す」で衝撃のデビュー。パワフルな声量、表現豊かな歌唱、心に染みいる歌詞、美しい旋律で、“深夜放送のマドンナ”と言われるほど一部には熱狂的に歓迎されます。すべて自分で作詞作曲しています。幼い頃から慢性膵炎の持病があり、「酒・タバコどころかラーメン・コーヒーも口にできない」体質です。度々ダウンすることもありましたが、病に負けず、多岐に渡り精力的な活動を展開してきました。平成10年(1998年)に大きな危機を迎えます。所属事務所が倒産し、一時期ホームレスに近い極貧生活に陥りました。マネージメント、営業活動など全て自分で行い、アルバイトで生計を立てる毎日でした。バイト先の有線放送でたまたま自分の歌を聞き、「自分は歌わなくてはいけない」と本格的な歌手復帰を決意、昨年の平成20年、完全復帰を果たし、新曲「BEETLE」を発売することが決定しました。
 小柄でシャイ、女高生のようだった彼女も(今時の女高生は違うでしょうが(^_^;))、もう50を迎えました。人は年をとる、当たり前のことを痛感します。円熟し新たな境地を開拓、いつまでも歌ってほしいものです。今が一番美人だし[E:wink]

♪ 望 郷
 横浜に出た彼女の望郷。江戸時代の天領、日田は小京都と呼ばれる美しい町。同じように都会の片隅で孤独な人々をどれほどこの歌は慰めたでしょうか。彼女の歌は基本的に”いなかもの”の歌なのだと思います。

※ いずれもダブルクリックでyou tubeへ飛びます。右下ボタン真ん中をクリックで大画面に

http://www.youtube.com/watch?v=gvpNFLtzxR4

♪ 気分を変えて
 気分を変えて彼女のダイナミックな歌唱。

http://www.youtube.com/watch?v=Q9y0qE7_4UE

♪ きょうだい心中
 「暗い」と言われる彼女の歌でも極めつきでしょう。古い伝承歌です。有名な南方熊楠が記録しています。熊野の船頭、遊女などにより歌われていました。関西に多くのバリエーションがあるようです。人間永遠のタブー、しかし古来から数多く破られたタブー、哀しい物語を彼女は切々と語るように歌います。

   きょうだい心中

♪ ききょうの花
 好きな花であり歌です。

http://www.youtube.com/watch?v=WEbL4Qh_0Vg

  ぽちっとご協力ください

         ★          ★         ★

2009.06.27 / Top↑

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。