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★ パソコンの不具合で一日以上使えず、アップの予定が狂いました。前に書いていたショート・ショートですが、かなり書き換え、今回はこれをアップいたします。名曲、「アルビノーニのアダージョ」をBGMに聞きながらどうぞです。怖い話(^_^;)にはバロックが似合います。画像がまたすばらしいです。

                      背  後  霊

 宝満山は福岡の太宰府神社背後にそびえている。
 何度登ったことだろう。
 家から車で三十分ほど、月に二度は登っていた。福岡のクライマーは宝満山に始まり、宝満山に終わると言っていい。ハイキングからヒマラヤ遠征のトレーニングまで、八百メートルあまりの山だが、宝満山はどんな要求にも応えてくれる。走って登る人もいるほどだ。わたしもやったことがある。全山階段状、走って登る体力があればどんな山でも恐れることはない。自然も豊かで福岡郊外にこのような山のあることは大きな恵みである。

 十年近く前になる。ヒマラヤ遠征を控え毎週二度は宝満山に登っていた。職場の山岳会が初めてヒマラヤ七千メートル峰を目指した。なんとしても登頂したかった。私は宝満山で一心にトレーニングした
 あれはなんだったのだろうか。疲れ切った私の幻想だったのか。山の魔であったのか。
 今思えば恐ろしいというより、なにか苦笑をおぼえるのだが。

 下山途中に雨が降った。秋の冷たい雨だが、走って下山すれば二十分もかからぬ。体はほてり湯気が出るほどだ。私はずんずん下っていた。
 雨は激しかった。大きい雨粒が赤土に飛び跳ねた。暗い山道に白い幕のように降りしきり、幕の果てに闇が広がっていた。
 
濡れた岩に飛ぶように着地した瞬間、足が滑った。まずい、私は意識したが体はそのまま滑っていった。ぶざまに手足を踊らせていた。藪が眼前に広がった。うおぅー! 目を閉じて叫んでいた。

 頬を冷たいものが走った。
 うっすらと目が開いた。焦点が定まらぬ。目をこらすと高い木が広がっていた。生き物のように次々にしずくを垂らしていた。滑った岩も目に入った。ぞっとした。あの高さから滑ったのか。腰がひどく痛んだ。
 かけ声をかけて立ち上がった。
 小枝を杖に慎重に下った。この体で崖は登れそうになかった。下ればいつか麓に着く。
 道に迷ったら下りは厳禁、登ることが原則であるが、何度も通った宝満山、なめていた。
 
小さなせせらぎに沿って下った。腰の痛みは消えなかった。細い藪が密集し、顔や体を刺した。かすかにけもの道が残っている。頭を下げ藪を振り払いながら下った。藪は険しくなるばかりだ。 
 初めて不安が胸をよぎった。山のどこにいるのかも分からなくなってきた。
 焦った。
 手や顔に血がにじんだ。目をやられないよう頭を伏せていた。藪は際限のないものに思えた。強い草のにおいに酔っていた。藪は頭に絡まり足にもつれた。腕時計は止まり、時間の経過もわからなかった。岩を滑ったとき止まったのだろうか。
 藪の海におぼれふらふらと足元を見た。あずき色のひもが動く。疲れた瞳がじっとひもを追った。ひもは藪にくねくねと忍び入った。危うく踏むところだった。私は情けない悲鳴を上げた。冬眠前のマムシだ。
 行く手に白い光りが差した。斜めに差す光に雨上がりの靄がゆらめき、煙のようにたなびいていた。私は叫んだ。麓に出られる。痛みも忘れ一気に光りを目指した。

 不思議な空間だった。宝満を知り尽くす私もこのような村は見たことがない。どこに出たのだろうか。山の深さを改めて知った。疑問も助かった喜びに消えていった。
 村は刈り入れの時期だった。村人は手に手に鎌を持ち稲を刈っていた。矢絣の着物に汗がしみていた。今どき珍しいことだ。どこかで見たような心の奥のなつかしい光景だった。

 日焼けした顔に傷のような皺を刻んだ老人が私を見た。老人は目を大きく見ひらき、鎌を持ったまま立ちすくんだ。隣にいた紺絣の女も私を見た。濁った目は明らかにおびえていた。言葉にならない言葉がもれたようだ。
 村人が腰を伸ばし一斉に私を見た。いくつもの目が私を睨んだ。一人が私を指さしている。指が震えていた。はっきりと聞こえた。
 「背後霊が……」

 ぞっとした。私に背後霊が憑いているのか。山をさまよっていたとき遭難者の霊が乗りうつったのか。そんな話は時に聞く。虚勢を張って村人を睨み返した。ぬかるむあぜ道を急いだ。村人の無数の目が追っていた。 
 粗末な紺絣の娘が歩いていた。映画を見るような懐かしく古びた光景だった。私を見た。大きな瞳が広がるだけ広がった。声を息とともに飲み込んだ。娘はマムシを踏んだように、口を引きつらせ逃げて行った。 
 後ろからざわめきが聞こえた。六、七名の男たちが私を追っている。鎌を持っていた。
 殺気だった目がぎらりと光っている。古い野良着は、はだけて風に舞っていた。信じられない。「背後霊が!、背後霊が!」、絶叫していた。 私にどんな霊がつきまとっているのだ。鋭い痛みのように恐怖が走った。背が次第に重くなるのを感じた。振り返るのが恐ろしかった。首筋に汗が噴き出している。
 本能的に駆けた。疲れていたが全力で駆けた。汗が飛び散る。杖も捨てた。腰の痛みも忘れていた。男たちの叫びはますます大きくなり耳を圧した。頭蓋に叫びがあふれ、こだました。
 「背後霊が!」

 足がもつれていた。あぜから泥しぶきが立つ。穴に足を取られ転んだ。たちまち男たちが殺到し、ねじ伏せた。
 あぜに座らされた。男たちは興奮していた。持っている鎌が鈍く光る。射貫くようにわたしを見つめている。リーダー格の男が進み出た。焼けた顔に目が血走っていた。ふところから何かを出す。落ちようとする陽を映し赤く燃えた。 Photo_2
 鏡だ。

 ぞっとした。鏡に映った男たち一人一人に霊が憑いていた。男たちの背で、薄い眉の白面の顔が口をゆがめて笑い、空洞のような白目がわたしを見下ろしている。焦点のない白目がゆらゆらと立ち迷っていた。無数の歪んだ口が鏡に、のどの奥さえ見せて笑っていた。歪んだ口に紅い陽が落ち、深紅に燃えた。

 男が鏡をつきつけた。「見ろ!」、鋭く叫ぶ。
  「見ろ! 背後霊が、お前にはない!」
 ふるえながら鏡を見た。私の背には何も写っていなかった。白い風が鏡を吹き抜け、灰色によどんだ空に私の惚けた顔が浮かんでいた

                  (了)

             ★      ★      ★

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2009.04.30 / Top↑

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