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200px-Emilybronte_retouche 富 いかほどのものであろう
 
 富 いかほどのものであろう
 愛 あざ笑うしかない
 名声 朝露のようにとける夢
 祈り わたしの口にのぼる祈りはただひとつ
 「わが心をあるがままに
  ただ自由を」

 もはや終わらんとするわが命 
 願うことはただひとつ
 「生にあろうと 死にあろうと
  とらわれなき魂 忍耐する勇気」  

 まあ、すごい詩だと思います。口先だけの言葉の遊びでなく、わずか30歳の短い命でしたが、詩のようにただ魂を自由に飛躍させ幻想の文学を残し死んでいった女性がいます。世界の3大悲劇、世界10大小説の一つと言われる「嵐が丘」の作者、エミリー・ブロンテ(ウィキペディアへリンク・1818~1848)、彼女、晩年の詩です。
 イギリス北部のヨークシャーを舞台にした2家の物語「嵐が丘」、ヒースに吹きすさぶ嵐、暗い情念と狂おしい幻想に生きたヒースクリフとキャサリンはまさにエミリー・ブロンテそのもののような気がします。たった一作で世界文学に妖しい花を残し、ほとんど家を離れることなく孤独にひたりつむいだ、嵐が丘は強靱な想像力の産物です。
 
★ 2代にわたる凄まじい復讐劇 

 物語はアーンショー家の女中、ネリーを語り手に進む。
 アーンショー家の旧主はジプシーの孤児を拾ってくる。色の黒い気むずかしい子でヒースクリフトと名付けられた。アーンショー家の活発な娘、キャサリンは野性的なヒースクリフに惹かれ、二人は子供の頃から仲良しだった。キャサリンの兄、ヒンドリーはヒースクリフを嫌い、ことごとくつらく当たる。やがてキャサリンの母が死に父親も亡くなり、ヒンドリーが当主となる。ヒンドリーはますますヒースクリフを憎む。キャサリンは逆にますますヒースクリフに惹かれていく。ヒンドリーが結婚した。しかし妻は子供へアトンを産むと死んでしまう。ヒンドリーは荒れてヒースクリフを虐待する。
img3eb8ad8azikczj キャサリンがリントン家エドガーに求婚された。キャサリンは「ヒースクリフはわたしだ!」と言うほど彼とは運命的に結ばれていたのだが、ヒースクリフトと結婚すれば生活も立っていかない、むしろエドガーと結ばれヒースクリフを守りたいと、エドガーと婚約する。
これを知ったヒースクリフは嵐の夜、出奔し行方をくらます。狂ったようにキャサリンはヒースクリフを探し、ついに熱病に倒れる。
 3年後、回復したキャサリンはエドガーと結婚する。そこに成功者となったヒースクリフが帰ってくる。彼の凄まじい復讐の始まりだった。
 まず幼い頃からいじめてきたヒンドリーをばくちに誘い、破産させ、アーンショー家を乗っ取った。次にキャサリンと結婚したエドガーの妹イザベラを誘惑し家から連れ出す。虐待されたイザベラは逃げ出すが子供を産む、ヒースクリフの子、リントンである。
 一方キャサリンは密かにヒースクリフトと密会を重ねていたが、夫との板挟みもあり少しづつ狂っていく。女の子、キャサリン(同名)を産みついに亡くなる。狂ったように嘆くヒースクリフはキャサリンの墓さえあばく。

 ヒースクリフの復讐は終わらなかった。ヒンドリーの息子へアトンを酷使し、虐待する。やがてヒースクリフが誘惑したイザベラが亡くなる。子供リントンは、ヒースクリフが引き取るが、今度はキャサリンの遺児キャサリンとの結婚を画策する。エドガーのリントン家も乗っ取るためである。
 気落ちしていたエドガーが亡くなり、財産は本来甥のリントンに行くはずであるが、病弱なためリントンも亡くなる。ついに両家をヒースクリフは乗っ取った。
 すべての復讐を終えたヒースクリフであるが、彼も狂っていく。キャサリンの亡霊を見るようになり、キャサリンの墓を彷徨し彼もついに死んでしまう。
 
★ 死と隣り合わせの愛 強靱な想像力 

 
wutheringheights1992長編で入り組んだストーリーを無理にあらすじにしました。これではおもしろくも何ともないでしょうが、新訳もいくつか出ていて読みやすくなっていますので未読で興味のある方はいつか。映画化も何度もされましたのでご存じの方は多いと思います。
 ヒースクリフ、何という極悪非道と思われる方も多いでしょう。周囲のすべてを破壊しつくし、最後狂っていきます。当時女性の評価は低く、エミリーは男名で発表しましたが、背徳的だと攻撃され散々でした。宗教的感情も強い当時、よく発表したとわたしも思います。牧師の娘でもありエミリーは物静かな女性でしたが冒頭の詩のように荒ぶる魂を秘めていました。「愛 あざ笑うしかない」と書くように生涯独身で恋をしたという記録もありません。その彼女が凄まじい愛憎劇、魂は不羈奔放にヨークシャーの空を駆けめぐっていたのでしょう。
 ヒースクリフとキャサリン、これは果たして「愛」なのでしょうか。現代の定番「愛」、もちろん男女愛に限らず色んな形がありますが、男女愛も千差万別。嵐が丘の「愛」は激しく奪う、いや奪うと言うより相手との一体化です。「ヒースクリフトわたしは同じ魂」、こう叫ぶキャサリンはエミリーそのものだったと思います。まあー、何つう世間知らずの男知らず、笑うことはたやすいです。現代のように計算機片手の愛、距離感をビクビクはかるような愛、体の切れ目が愛の切れ目の愛、見栄のための愛、小賢しい観念の愛、小洒落たトレンディーな愛、そんなものは一切ありません。古典を読んだらいかに現代の恋物語が小賢しいかと思います。ただわたしも間違えてもこうはしません、破滅します、もちろんその機会もありませんが(^_^;)。孤独なエミリー自身がそんな「愛」を思い描いていたとしたら、痛ましくなります。セックスシーンなど一度も出てきませんが、一体を求める二つの魂、それはゾクゾクくるほどです。
 男女の愛を突き詰めたらこうなる、亡霊となっても求める魂、ヒースクリフの復讐もそれを突き詰めています。善悪でなくただ魂の奔流です。お茶漬けさらさらの大和民族はやはり、ここまでくるととても太刀打ちできない気がします。
 そして死が頻繁に訪れることにも驚きます。実際、彼女の兄姉は早世し、最も長生きした姉シャーロッテ(「ジェーン・エア」の作者)も38歳で亡くなっています。死と愛は隣り合わせの時代でした。いや愛に限らず生きることすべてに死が寄り添っていた時代なのでしょう。いやでも緊迫した一切飾りのないこのような死と愛の文学が生まれると思います。結局時代を映す文学が最も普遍的な文学なのだろうと思います。
 詩のように彼女も早世を覚悟していました。最後まで医師を拒否したそうです。まさに「生にあろうと 死にあろうと とらわれなき魂 忍耐する勇気」でした。ほかにも「わたしの魂は怯懦ではない」の詩もあります。痛々しいほど強いです。短い生涯を孤独に耐え、強靱に、奔放に飛翔した彼女の魂にスコッチで乾杯。
 冒頭の詩の原詩です。驚くことにNHKで放送されたヘッジファンド物語「ハゲタカ」の主題歌でRiches I hold in light esteem.が歌われました。ちょっと主旨が違うようでもありますが(^_^;)。冒頭の訳詞は辞書に首っ引きでKOZOUが訳しました(^_^;)

Riches I hold in light esteem.
And Love I laugh to scorn;
And lust of Fame was but a dream That vanished with the morn -
And if I pray, the only prayer
That moves my lips for me
Is - 'Leave the heart that now I bear, And give me liberty.'
Yes, as my swift days near their goal, 'Tis all that I implore -
Through life and death, a chainless soul, With courage to endure!

★ 嵐が丘  河島弘美 訳 (岩波文庫)

2010.04.28 / Top↑
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