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20100127_1487015★ 「レナードの朝」、ストーリーは一見前に書きましたアルジャーノンに花束をに似ています。奇跡的な治療により回復した人がまた「もと」に戻っていく。大きな違いは「レナードの朝」は実話に基づいていることです。この映画は前に記事にしました精神科医、オリバー・サックスのノンフィクションをもとにしたものです。切ないを通り越してたまらないラストです。現実の残酷さが心に刺さります。作品としてはすばらしいと思います。「タクシードライバー」で迫真の演技のロバート・デニーロ主演、俳優の凄さも知りました。本当にすごい演技です。作品の受け取り方はもちろん人それぞれです。その受け取り方にその人の人生観が出るように思いました。レナードははたして幸せだったのか…

★ 短い「生」 すべてが愛おしく… (ネタバレです)

 今ではあまり見られないが、1920年頃
嗜眠性脳炎(いわゆる"眠り病")がアメリカに流行した。当時世界的に猛威をふるったインフルエンザの影響と言われるが原因は不明である。意識が全くなくなったわけではないが体を動かすことも話すこともできず眠ったままになる恐ろしい病気である。セイヤー医師(原作者オリバー医師)はこの”眠り病”の患者レナード(ロバート・デニーロ)に新薬の投与を決断する。ほかの同じ症状の患者に時に人間的反応があり、症状がパーキンソン病に似ていることもあり、パーキンソン病の新薬L・ドーパミンが効くのではと思ったのである。1969年のことだった。
 劇的な効果を発揮した。小学生の頃から30年、眠りっぱなしのレナードが奇跡的に目覚めた。30年ぶりの世界にうろたえ戸惑いながら目覚めるレナード、感動的なシーンです。喜んだセイヤー医師は同症状のすべてに投薬を行おうとする。正式に認可された薬ではなく病院は反対であったが理解者も少しづつ増えていった。
 レナードの母も感涙にむせび喜んだが、当初の感激が薄れたレナードは次第に戸惑いを多くしていった。30年ぶりの現実、かわいいイメージであった自分もしけた中年になっている。しかし失われた長い年月を取り戻すため精一杯人生を楽しもうとする。40過ぎた男の初めての青春だった。セイヤー医師も懸命にそれに応えようとする。レナードは賢い男で医学的にも自分のデータを生かそうとセイヤー医師に協力し、二人は強い絆に結ばれたようであった。
 しかし、破局は徐々に近まっていた。新薬の効果は恒常的なものではなく副作用ももたらしていた。レナードも痙攣やチック症が出てくるようになる。ほかの患者も同じで当初のセイヤー医師への感謝は反感に変わっていく。セイヤー医師も焦っていた。結局元に戻るのではないか。このまま投薬を続けるべきか。
 レナードは荒れてきた。もとの眠り病に戻る予感が彼を苦しめた。今度ははっきりした恐怖のもとに病を迎えるのだ。レナードは病院に父の見舞いに訪れていた女性、ポーラに淡い恋心をいだき話をするのが最大の楽しみだった。しかし、病状を察したレナードは断腸の思いでポーラに「会うのはこれが最後にしてください」と言う。心優しいポーラは彼の思いを察しダンスに誘う。病状が進むことは彼女も知っていた。レナードにとり生まれて初めてのダンスだった。ポーラにリードされ腰に手を回し踊るレナード、手の痙攣も収まっていた。
 彼女が去っていく。病院の窓から見送るレナード、体は痙攣していた。
 やがて彼は再び覚めることのない眠りに落ちていった。

★ 凝縮されたよろこび しあわせ そしてかなしみ

 ダンスシーン、映画史上指折りの名場面と言われます。確
lenardかに確かに、涙、涙です。お互いが心の内を知りながら口には出せず、一張羅を着込みぎこちなく踊るレナード、優しく笑いリードするポーラ、くーぅっ、こんな優しい人に生涯一度でいいからリードされたい(^_^;)
 しかし、しかしでござります。これほど残酷なことがあるのでしょうか。当初の発症は子供の頃、それこそ眠るように病に落ちたのでしょう。”眠り病”の30年も完全に意識がなくなるわけではないようですので考えたら怖いことですが、映画の中でレナードは「なにもなかった。死んでいたようなもの」表現しています。(また入らぬことですが、これは魂の不在も証明していると思っています。意識がなければ魂もないのです)。原作も読んでいないし医学的なことはわかりませんが、レナードの意識としては死からよみがえったのです。わずかな”生”のあと、今度は意識して”死ぬ”のです。ポーラが、母が、いやこの世のすべてのものがどれほど愛おしかったでしょう。現実のレナードのモデルの患者さんは1981年、完全に亡くなったそうです。
 確かにわたしたちすべては執行時期不明の死刑囚です。最後、きっとレナードのようにこの世のすべてを愛おしんで死んでいくのでしょう。レナードはそれを凝縮して極めて短期間で”生き”、”死んだ”のです。最初に述べましたようにこれから先の思いがその人の人生観で変わると思います。短期間に人の愛を、この世の愛おしさを知ったレナードはたぐいまれな幸せな人であったと思うこともできるでしょう。ポーラや母はその象徴、ポーラたちに深く感謝して眠っていったのかも知れません。人生結局最後は思い出でしょうから、追憶の結晶を抱いて別れを告げた、わたしもそう思いたいです。
 一方、「死んだように」眠っていたレナード、この世に再び”生まれ”、痛切な悲しみを抱いてまた眠りについたとも思えます。”生まれ”たのは悲哀と一人去る残酷な孤独を感じるためだったのか。この世を愛すればこそ別れいく辛さはたまらなかったでしょう。ポーラには狂いたくなるほどの未練も残したと思います。凝縮されているからこそ癒しの時間も成長もなかったでしょう。それが聖人ならぬ人間だと思っています。わたしなら起こしてもらいたくなかったそんな悲しみを知るため、まわりにも悲しみを残すため、突然切断される人生を知るためわざわざ起きたくはない、そう思います。
 読者の方はどう感じられるでしょうか。結局根本的な人生観によると思います。わたしの思いは結局、もともと生まれない方がよかったになるのはよくわかっています(^_^;)。自己嫌悪に落ちたセイヤー医師を優しいナースが慰めます。「命は与えられ奪われるもの」、この言葉をどう受け止めるか。わたしもまだまだ考えねばと思います。
 最後に、原作を読んでいないし、実際どうだったか知りませんが、少なくとも現代日本ではセイヤー医師のような投薬は明らかに違法でしょう。これも結果論、たまたま結果は悪かったのですが、ある程度の冒険なしに医学も進まないのは確かでしょう。ま、悪くとれば実験ですが。パイオニア精神を重んじるアメリカの風土を感じます。ただセイヤー医師の主観的な善意は疑いません。

※ 現代医学はEBM―根拠に基づいた医療(evidence-based medicine)が基本と言われています「良心的に、明確に、分別を持って、最新最良の医学知見を用いる」ことでエビデンス(臨床結果)に基づく医療とも呼ばれています。

※ 以下、ある医療専門家の方の記事から抜粋です。長いですので興味ある方のみお読みください。

 「映画を最初に見た時、レナードの状態が悪くなるにつれ、レボドパを増量するセイヤー医師に姿に、いたたまれない気持ちになりました。…それは現代の医療では相当問題のある投与法だからです。例えば、レナードが苦しめらる幻覚や不眠といった症状は、典型的なレボドパの副作用です。にもかかわらず、レボトパ(L・ドーパミン)を増量するのは、医学の進歩の過程としてはやむをえないとしても、その犠牲となったレナード達の患者への同情を禁じ得ませんでした。
…ところが、映画では、セイヤー医師の実験的な治療が断罪されることはなく、最後までセイヤー医師の「ヒューマニズムに溢れた」医療が賛美されるのです。
 これはいくらなんでもおかしい。原作者だって、おそらく、自分の過ちを断罪しているに違いない。映画監督やハリウッドの間違った脚色だ。…私は、やや憮然としながら、原作を紐解いてみました。
 しかし、原作を見ると、更に、驚く事実がありました。なんと、原作者であり、セイヤー医師のモデルであるオリヴァー・サックス医師は、映画のセイヤー医師以上に、現在からみると極めて問題のある「治療」を行っていたのです。具体的には、現代では禁忌とされているレボドパ大量投与や突然の投与中止が行われていたのです。サックス医師が著述した患者はしばしば突然死していますが、これはレボドパの大量投与による悪性症候群が原因と疑われる患者が少なくありません。セイヤー医師の治療は、現在からふり返ると、「人体実験」に近い行為です。
 …私は慄然としました。映画が間違っているのではなく、原作者そのものが自分を断罪していなかったのです。
 そういえば、映画の中では、レナードへのレボドパ投与量は最大1回1000mgまでしか増量していませんでした。現在わが国では1日投与が最大1500mgですから、欧米人を想定すると大きな問題とはならない量なのかな…と観ていた。しかし、原作ではレナードには1回5000mgも投与しているではありませんか。これを映画では敢えて1500mgまでしか増量していないのは、明らかにサック医師が「分かっていてわざと隠している」としか思えません。
 …この映画は、どうひいき目に観ても、原作者の「医療事故」は隠蔽するような内容になっているのがとても残念です。「熱意だけの医療は偽善と医療ミスしか産まない」として観てしまう私は、へそ曲がりでしょうか。
 …ところで、レナードの強烈なパーキンソン症候群の原因疾患である嗜眠性脳炎は、過去大規模な流行が何度もあったようです。しかし、なぜか1928年以降大規模な流行はないそうです。ということは、突然、また流行が起きるかもしれない…ということですね。
 本当に、感染症というのは、恐ろしいものです」

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2010.05.09 / Top↑
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